私の原体験

まずは自己受容
許しはずっとあとについてくる

親への恨みを抱えながら、恨んでいる自分を責め続けた年月がありました。
一人の人間として、その道を歩いてきた記録です。

始まり

父と、まともに話せなくなった日

「親を批判していた、あの頃が、一番自分を許していなかった。」

私は子どもの頃から父に進路を強要され続け、中学生の頃からまともに父と会話できなくなりました。
家の中に、ずっと張り詰めたものがありました。
父の存在が、重かった。

父親は、とにかく良い大学・良い企業に行くことが人生の全てであるかのように語り続けていました。
「才能のないお前は、勉強しないといけない」というようなことを、口癖のように言っていました。
成績を頑張っても良いところは認めず、悪いところばかり指摘する父親に対して——
私は怒りや恨みを、心の中にずっと蓄積させていたのです。

その苦しみは、学生になっても、社会人になっても、消えることはありませんでした。
むしろ形を変えて、人間関係の中に現れていきました——
上司や先輩など、自分より立場が上の人間に対して、表には出さない敵意や攻撃性を抱えるようになっていました。

やがてそれは、人間関係だけにとどまらなくなりました。
人生そのものを悲観し、恨むようになっていきました。
「どうせ報われない」「自分には無理だ」——そういう声が、いつの間にか内側に居座っていました。

出会い

同じ場所を生きてきた、一人の男性カウンセラー

その男性カウンセラーの存在を知ったのは、彼の書いた本がきっかけでした。
その人も、父親に対して長年の恨みを抱えていました。
そして、それを乗り越えてきた人間でした。

本を読みながら、生まれてからずっと胸の底に沈んでいた、黒くて重たいものが——
もしかしたら晴れるのかもしれない、と初めて思えました。
希望、というより、かすかな光が見えた感覚でした。

何かを言われたわけでも、何かを教わったわけでもない。
ただ、同じ境遇を生きて、それを乗り越えた人間がいる——
それだけで、勇気が出たのです。
自分は一人じゃなかった、と初めて思えました。
今思うと、彼に対する感謝は言葉で伝えきれるものではありません。

その後、実際にその人と関わる機会を得ました。
セッションを受け、学びを深めていく中で、確かに変わっていく自分がいました。

私がこの活動を始めたのは、その経験があったからです。
同じように父親への恨みや怒りを抱えた人に、同じように生きてきた人間として、そばに立てる存在でありたいと思いました。
それが、カウンセラーを始めた理由です。

プロセス

感情に、一つひとつ名前をつける作業

恨みを解くために、カウンセリングやコーチングをたくさん受けました。
また、セラピーを通じて自分の感情——寂しさ、怒り、悲しみ、恥——に一つひとつ形を与えていく、地道な作業をしました。

奥深くに封じ込めていた感情を可視化することで、初めて自己受容できたのです。
「自分はこんなふうに傷ついていたのか」と、ようやく自分に言えた時、何かが変わりました。

「奥深くに眠った感情は、言語化することで、初めて受け入れられる。」

転機

父の苦しみが、見えた時

転機は、父の苦しみが見えた時でした。

偉大な父親(私から見た祖父)の影で、自己表現が許されなかった幼少期。
研究職から営業に左遷され、自分の能力の発揮の場を奪われた社会人時代。
その苦しみが理解できるにつれ、「強要された」という感覚が徐々に薄れていきました。

父もまた、自分の痛みを抱えた人間だった。
そのことが腑に落ちた時、長年胸にあったものが、少しずつほどけていきました。

今思うこと

恨みを言いまくっていた、あの頃のこと

今思うと恥ずかしくなるくらい、いろんな人に父や母への恨みを言いまくっていました。
でも、それは必要なプロセスだったと思っています。

幼少期の自分は、心の中に留めていた親への恨みや怒りを、誰にも話すことなく生きていたのです。
その分をどこかで解放する必要があったのだと、今は思います。

自分自身も、そういうことができるカウンセラーでありたいと思っています——
どんな言葉でも、受け止められる場所でありたいと。

同じ場所にいるあなたへ。

ここに書いたことは、私だけの話ではないと思っています。
もし重なる部分があれば、一度話してみてください。

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